2015年04月13日

島田地蔵寺

熊坂長範の伝承

地蔵寺は、島田の交差点にあります。平安時代の盗賊「熊坂長範」による毛替地蔵の伝説が知られます。平安時代には島田地蔵寺はまだ現在の地に建立されていませんでしたが、近所に地蔵堂があったとのこと。天白区横町(天白小学校の近く)は、「地蔵堂の横の町」という意味だそうです。

地蔵寺

1442年建立

地蔵寺は、永平寺からやってきた樵山和尚(しょうざんおしょう)が1442年に建立した曹洞宗のお寺です。樵山和尚は、南北朝時代の守護大名・斯波高経の孫にあたります。斯波高経(1305年-1367年)は、南北朝時代の有力な守護大名で、斯波氏は、足利宗家につながる名門です。
戦国時代になり、桶狭間の合戦の際に、島田地蔵寺も戦火に巻き込まれました。

本尊

地蔵寺の本尊は、阿弥陀如来です。桶狭間の合戦の際で、寺が今川義元軍の兵火にかかって焼かれたとき、お堂のあった林の中から阿弥陀如来像が光明を放っていたとのことです。 阿弥陀如来像は定朝(平安時代後期)の作と伝えられます。

毛替地蔵

地蔵寺には、毛替地蔵と呼ばれる大きな地蔵尊が置かれています。毛替地蔵は、恵心僧都・源信(942〜1017)の作とされます。

ちょうちん祭り

毛替地蔵尊大祭「ちょうちん祭り」は、1570年に日照りが続いた際に、地蔵尊にお願いをして乗り越えたことで、はじまったとされるお祭りです。毛替地蔵は別名、雨降地蔵とも呼ばれます。夜店もでて大いに賑わいます。

毛替地蔵

尾張六地蔵

島田・地蔵寺は、尾張六地蔵の五番目札所にあたります。島田・地蔵寺の建物内には、安政二年(1855年)と書かれた奉納額がかかっています。
第一番・・・長光寺(稲沢市六角堂東町)
第二番・・・清浄寺(名古屋市中区大須)
第三番・・・地蔵院(名古屋市南区呼続町)
第四番・・・如意寺(名古屋市緑区鳴海町作町)
第五番・・・地蔵寺(名古屋市天白区島田)
第六番・・・芳珠寺(名古屋市千種区今池)
ラベル:歴史
posted by tenpakutanken at 00:01| Comment(0) | 寺院 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする